大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和47年(う)1704号 判決 1972年10月06日

本籍

朝鮮慶尚南道釜山市西太新町一二三七

住居

静岡県沼津市大手町六三番地

会社役員

林哲也

一九一九年一〇月一六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四七年五月一七日静岡地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検事中野博士出席のうえ審理をし、つぎのとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高木陸記作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、つぎのとおり判断する。

所論に徴し、記録を調査し当審における事実取調の結果を参酌して考察するに、被告人は、沼津市大手町六三番地に地下一階、地上四階のビルデイングを所有し、同所で「丸星会館」の名称でパチンコ遊技場、「キヤバレーキングサロン沼津会館」の名称でキヤバレーを経営してきたが、昭和四二年二月ころ右のビルデイングの地下が火災にあいその多額の復興資金を妻の姉妹らから簿外借入した結果、その返済金をつくるためと将来金融機関から融資を受けるための実績をつくるために、パチンコおよびキヤバレーの売上の一部を除外して簿外預金をつくり、本件の脱税を行、うに至つたものであつて、パチンコの売上除外については、被告人の指示に基づき妻の貴子がこれに当り、キヤバレーの売上除外については、妻貴子を介して会計担当の女子事務員に予め除外する割合を指示し、同事務員をしてその指示に従つた日計票等の記帳処理をなさしめていたのである。逋脱税額は三、七八六万円余りに達し、一年度分の逋脱額としてはかなりの高額である。申告率も二一パーセントと低い。

以上の本件犯行の動機、態様、逋脱額および所得の申告率などに徴して考えると、所論の指摘する被告人の人柄、被告人は本件について深く反省し、査察調査を受けた後個人企業から法人組論にきりかえて税務当局の指導の下に適正な納税態勢をとつていること、また、課せられた重加算税等も真面目に分納中であること等被告人にとつて有利な情状を十分しん酌しても、原判決が被告人に対し懲役八月(ただし三年間執行猶予)と罰金一、〇〇〇万円を併科した量刑が重すぎるものとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条に則に本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三井明 判事 石崎四郎 判事 杉山忠雄)

昭和四七年(う)第一七〇四号

控訴趣意書

被告人 林哲也

右の者に対する所得税法違反被告事件につき、昭和四七年七月二七日静岡地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人から申し立てた控訴の理由はつぎのとおりである。

昭和四七年七月二八日

右 弁護人 高木陸記

東京高等裁判所第一三刑事部 御中

原判決は、刑の量定が重きに失し不当であつて、破棄せらるべきものと思料する。

すなわち、原判決は罪となるべき事実として、

「被告人は、沼津市大手町六三番地においてパチンコ遊技場「丸星会館」およびキヤバレー「沼津会館」を経営していたものであるが、自己の所得税を免れる目的で、売上の一部を除外して簿外預金を蓄積するなどの不正の方法により所得を秘匿したうえ、昭和四四年三月一五日沼津市大手町一〇五番地所在の所轄沼津税務署において、同税務署長に対し、昭和四三年分の所得税の確定申告をするにあたり、実際の総所得金額は、七二、四六三、二二五円であつたにもかかわらず、総所得金額が一五、五八六、〇三一円であり、これに対する所得税額が六、六六二、〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により、右正規の所得税額四四、五二九、五〇〇円と右申告税額との差額三七、八六七、五〇〇円をほ税したものである。」

旨の事実を認定したうえ、被告人に対し「懲役八月および罰金一、〇〇〇万円に処する。ただし懲役刑については三年間執行を猶予する。」旨の言渡しをしたが、以上述べるとおり、右刑の量定は著しく重きに失し不当であると信ずる。

一、犯情に同情すべき点がある。

すなわち、被告人が本件の犯行に至つたのは、昭和四二年二月に被告人の経営するキヤバレー「沼津会館」が火災により焼失したため、これが復興に要する資金を知人から借り入れたり銀行から融資を受けたりしたものの、知人からの借入金については、貸主の要求でその住所氏名を明らかにすることができなかつたばかりでなく、銀行からの借入についても、その返済期限は短期であり、そのうえ火災のため散つて行つたホステスの募集等に多額の募集費を要したが、その性質から領収書を受け取ることができない、というような特別の事情から簿外経費を念出する必要に迫られたことがうかがえるところである。

また渡辺三郎の証人尋問調書(記録第一〇三三丁ないし第一〇三八丁)からも明らかなように、被告人個人の生活状態は極めて質素なものであつたことは、被告人が専用住宅や自家用車すら持たず、事業所にされているビルの一隅に家族とともに暮していたことからも十分推察されるところであつて、この点からみても、被告人は専ら企業の再建、従業員の生活の安定に専心しようとしていたことがうかがえるところである。

わが国の所得税は明治二〇年度の創設にかかり、当時は個人のみにその所得を総合して、課税し、所得金額三万円以上、二万円以上、一万円以上、一千円以上および三百円以上の五段階に分ち、それぞれ百分の三ないし百分の一の税率が適用されたのであるから税率は極めて低かつたことがうかがわれる。もつとも当時の国家収入の大部分は地租と酒税であつて、所得税の租税収入総額に対する割合は、一パーセントに満たなかつたのに対し、現在では個人所得に対する税率は累進税率により最高は七五パーセントという高率であり所得税収入の租税収入に占める割合は極めて高くなつている。このようなことから、個人事業者の中には、どうせ税金に取られるなら経費で控除してもらつた方が得策との考えから、多額の交際費を使用し、高級乗用車を購入する等、国家経済全体からみて損失と考えられるような行為するものがある。このような経営者に限つて、不時のための蓄積を怠る傾向があるため、一たび不況等の事態が生じると、たちまち倒産等の最悪の結果を招き、従業員の解雇、退職金の支給不能等の状態に陥るのである。

これに反し、被告人は脱税の責任を問われてはいるが、その動機や実態は専ら企業のため、そして従業員のためにしたものであることが明白であつて、これらの点に照らせばその犯情には同情すべき点が多いと考えられる。

二、被告人は真面目な人柄である。

被告人は二、三才のころ日本にきて、日本の小学校を卒業すると昭和一一年に国鉄に勤務し、昭和二三年に退職してから第二の故郷沼津でささやかなパチンコ店を経営し、その後事業一すじに打ち込んで今日を築き上げた努力の人である。

三、被告人は深く反省しており再犯のおそれがない。

被告人は、本件を摘発されてから、その動機がどうあろうとも、税法違反の行為をしたことを深く反省し、その後は個人企業から法人組織にきりかえ平和観光株式会社を設立し、税務署の指導の下に適正な納税態勢をとつていることにかんがみれば、再犯のおそれは全くないものと確信する。

以上の諸点のほか、被告人は本件につき課せられた本税、重加算税延滞税、地方税合計七千万円ないし八千万円を分割支払中であることなどの事情をも考慮すると、被告人に対し懲役八月および罰金一、〇〇〇万円、ただし懲役刑については三年間執行猶予とした原判決は量刑が重きに失するものと思料されるから、原判決破棄のうえ、懲役刑および罰金刑とも減軽した量刑を求めるため控訴に及んだ次第である。

右は謄本である

昭和四七年七月二八日

弁護士 高木陸記

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例